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![]() 日本国から消えゆく「共生」の理念 〜「社会保障と税の一体改革」は絶対に不発に終わる |
今年の冬の冷え込みは例年に比して厳しい。北海道、日本海側の地域をはじめ、積雪量が例年の2倍を超えるところも少なくないようだ。今の日本には、いささか応える寒さだ。東京都内でも、連日氷点下を記録するなど、その冷え込みはことさら厳しい様に感じられる。
単に気温という物理的な寒さなのか。加えて、心理的なものが影響しているのか。そんな寒い冬に、凛と花を咲かせる椿を見ると、「背を丸めて歩いてはいられない」と自分に言い聞かせる毎日である。
財務省が1月25日発表した2011年の貿易統計速報によると、輸出から輸入を差し引いた日本国の貿易収支額は2兆4927億円の赤字。1980年以来、31年ぶりの貿易赤字で、赤字額は1980年(2兆6129億円の赤字)に次いで過去2番目の規模。東日本大震災や超円高、海外景気の低迷で輸出が減少する一方、原子力発電所の停止で火力発電用のLNG(液化天然ガス)などの輸入が膨らんだことが大きな要因であると報じられた。
これまた、今の日本にとっては、いささか応える数字である。楽観的に見れば、「30年連続で貿易黒字を維持してきた日本国は凄い!」と言えなくもないが、そんなことを口にしようものなら「バカ!」と一喝されそうである。
31年前。即ち、1980年、1981年はどんな年であっただろうかと私なりに思い出してみた。当時、私は12歳、13歳。小学校6年生、中学校1年生だ。
一番、印象深く残っていた記憶は、モスクワオリンピック不参加決定で涙する山下泰裕氏(柔道)の姿だった。東西冷戦下での悲劇だった。
一方で、日本国内の政治情勢も不安定で、自民党内の党内抗争が激化し、内閣不信任案が可決。衆議院解散総選挙に突入するも、大平正芳首相が急死し、ダークホースの鈴木善幸氏が後任の首相に着任した。政治番組や報道番組が大好きだった私は、毎晩、ニュースを見るのが楽しくて仕方がなかった。
また、1979年2月に起こったイラン革命(ホメイニ革命)も強烈な印象を持って記憶に残っている。そして、ルーホッラー・ホメイニ氏のカリスマ性と強烈なリーダーシップに凄みを感じながら、イラン情勢をニュース番組で見ていた。第二次オイルショックはこのイラン革命に端を発し、産油国が原油価格の引き上げに踏み切ったことが大きな原因だった。この煽りで、当時の日本国は貿易収支額が赤字に転じたのだ。
そんな私の中で、このホメイニ氏と同じくらいインパクトのある老人が日本にもいた。土光敏夫氏だ。冴えない(本当は冴えていたのかも)鈴木善幸首相とはあまりにも対照的な「キレキレ」の老人だった。発言に遠慮がなく、核心を突く。簡単に言えば「エゲツナイ」のだ。しかし、当時の沈滞した日本社会の中で、子どもの目から見ても、最高に輝いていた老人だ。また、NHKの特集番組をきっかけに「めざしの土光さん」と呼ばれた。その揺るぎ無き信念と彼のいきざまが国民の心を鷲掴みにした。
1981年に第二次臨時行政調査会会長に就任。その強烈なイメージから第二次臨時行政調査会は「土光臨調」と呼ばれた。冴えない鈴木善幸首相が、首相本命と言われた中曽根康弘氏を行政管理庁長官に据え、その二人からこわれて第二次臨時行政調査会会長に就任したのが土光敏夫氏だった。
そして、1982年、本命中曽根康弘首相誕生を受け、更に、「土光臨調」の権限は強大化し、日本国の将来を握る存在となっていった。この構図は子どもながらに面白かった。
「土光臨調」は1983年には、行財政改革答申をまとめた。「増税なき財政再建」をキャッチフレーズに掲げ、当時、「3K」と称されていた「三公社(国鉄・専売公社・電電公社)」の民営化などの路線を強烈に押し出していった。そして、当時、「絶対に無理だ」と言われていた「3K」の民営化を断行した。その結果、赤字企業の代名詞であった国鉄はJRグループへ、専売公社はJTグループへ、電電公社はNTTグループへと変貌し、優良企業への道を駆け上がったのだ。土光敏夫氏の業績に関して、これ以上、私が記すことはおこがましいことであり、差し控える。
私が思い出した31年前の社会はこんな風景だった。
冴えない首相とイランがカギを握る原油価格高騰危機といった点では、当時と瓜二つの社会情勢だ。そして、この国はずっと「行財政改革」を念仏の様に唱え続けている。
今、「社会保障と税の一体改革」がこの改革の中核をなしていることは言うまでもない。更に、社会保障改革の核は「年金制度改革」「医療・介護保険制度改革」「子育て支援制度改革」の三本柱だろう。待ったなしの国家的課題・難題だ。これら全ての制度改革を行うためには莫大な財源の恒久的な確保が不可欠だから、「社会保障と税の一体改革」をキャッチフレーズにしているのであろう。しかし、このキャッチフレーズを口にするどの政治家からも、土光敏夫氏の様なぶれない覚悟が伝わってこない。何も心に訴えかけて来ない。こう感じるのは私だけであろうか。
果たして、私が知る限りでは、3つの制度の抜本的改革は一切行われていないようだ。せいぜい名札の付け替え程度で茶を濁しているに過ぎない。挙句の果てには、野田佳彦首相は、厚生労働省が行った年金財源試算結果を国民には公表しないと開き直る始末だ。「国民に無用な混乱を招くことに配慮しての判断だ」と意味不明の説明。
これでは東京電力福島第一原発事故の直後に菅直人が緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI:スピーディ)によって得られたデータを日本国民意は公表せず、米国(在日駐留米軍)には迅速(?)かつ正確(?)に報告し、その意図を「国民に無用な混乱を招くことに配慮しての判断だ」と説明したのと全く同じだ。民主党政権は隠蔽・詐欺政権と言われてもおかしくない。
2012年4月には診療報酬改定と介護報酬改定が同時に行われる。同時改定は6年に一度巡ってくる。報酬面から医療・介護保険制度の方向性を示す最も大切な機会と理解出来る。
そして、今回の改定から見えてくる方向性は「超少子高齢化の先にある多死社会へ向けた更なる在宅医療(在宅死?)推進」である。今の日本国の医療費の30%以上が看取りの医療、即ち、死ぬ間際の医療費で占められている。厚生労働省は予てより、「在宅医療」という言葉をもってこの看取りの医療費にターゲットを絞って政策を進めている。果たして厚生労働省が描くシナリオの様に「在宅医療」推進が「在宅死推進」となり「医療・介護費削減」になるのであろうか。間違いなく「罪多苦医療」は実現出来るであろうが、「医療・介護費削減」の実現については、私は極めて疑問である。
「子育て支援制度改革」についても子ども手当の迷走、幼保一元化総合施設(認定こども園)創設の迷走に代表される様に、方向性が未だ定まらない。
また、生活保護受給者数は207万人を突破し、需給世帯数も150万2000世帯を突破した。更に、2012年の夏には、震災の影響下で職を失った多くの人たちの失業保険受給期間が満期を迎える。この人たちが生活保護受給者に組み込まれるとなると、社会保障費の増大に拍車をかけることは必至だ。
社会保障制度の屋台骨であるはずの「年金制度」「医療・介護保険制度」「子育て支援制度」等の全てが既に制度疲労の末に崩壊しているに等しいとの厳しい認識の下に、新たな制度設計を行うことが急務であろう。
更に危機的なのが、それぞれの制度を支える「共生」の理念が日本社会、日本国民から消え失せつつあることであろう。そして、若者が既存の制度に未来を託せなくなっている。このことは、年金・保険料未納率が年々増大していることからも明らかだ。
こうして見てくると、今の日本社会が抱える諸問題と時代の空気、そして、個々の制度上の欠陥、制度破綻があまりにも甚大すぎて、机上の計算である財源試算が意味をなさない様な虚しさに襲われる。
こんな現代日本を土光敏夫氏は草葉の陰でどの様に見ておられるのであろうか。
「つべこべ泣き言を言わずに、お前ら若い者がしっかりやらんといかんのだ!!」と一喝されそうである。
2012年2月1日
医療法人カメリア
社会福祉法人カメリア
理事長 長岡 和






